筑前町立三輪中学校生徒自殺事案調査委員会中間報告書
 平成18年12月12日
 筑前町立三輪中学校生徒自殺事案調査委員会

 1・調査委員会の基本的姿勢と本中間報告書について
 (1)はじめに
  「筑前町立三輪中学校生徒自殺事案調査委員会」(以下「本委員会」と
 いう)は、平成18年11月7日、本事案及び本事案関係者への直接的な
 利害関係のない者らを構成メンバーとして、筑前町教育委員会からの委嘱
 を受けて発足した。
  本委員会は、客観性、公平性、透明性、迅速性の確保を活動の基本原則
 として、発足日である11月7日に第1回会議を開き、今日まで8回延べ
 26時間の会議を開催してきた。
  本日、これまでの調査結果及びこれを踏まえた本委員会における議論の
 経過について、中間報告を行うものである。

 (2)本委員会の課題
  本委員会は入手し整理した情報・資料をできる限り客観的に分析・解釈し、
 本委員会としての判断を行うこととし、今回の筑前町立三輪中学校生徒
 自殺事案の真相究明を最優先課題として次のことを課題として検討を
 進めてきた。

 ①生徒が自殺するに至った経緯をできる限り客観的に明らかにする。
 ~いつ頃、どこで、どのような事象が発生して、生徒を追い込んでいったか~
 ②そうした事象をなぜ防げなかったか、なぜ教育的な指導の対象にでき
 なかったか。
 ③どういう教育的取組が必要だったのか。
 ④今後、こうした事態を引き起こさないための課題として、学校教育は
 どうあるべきかを明らかにする。

 本委員会は、こうした課題に答えていくことが、本事案において自ら命
 を絶った生徒(以下「当該生徒」という)の思いに応えることであり、遺
 族の方の願いであると考え、真相究明を進めてきた。

 (3)本委員会における検討内容について
  本委員会としては、当該生徒が自殺を選択したという点を非常に重くと
 らえ、現在、真相究明及び今後の筑前町立三輪中学校並びに筑前町におけ
 る学校教育体制の再構築に向けた提言を行うべく、次のような観点から議
 論を進めているところである。

 ①「いじめ」に関する定義等について
 ②本事案における事実認定について
  ア 当該生徒と他の生徒との関わりについて
  イ 当該生徒と教職員との関わりについて
  ウ 本事案における学校としての対応について
  エ 本事案における筑前町教育委員会の対応について
 ③本委員会としての解釈と判断について
  ア 当該生徒が、なぜ自殺に至ったかについて
  イ 当該生徒の自殺をなぜ防げなかったかについて
 ④「いじめ」克服への調査委員会としての提言について

 (4)資料収集と分析のあり方について
  本委員会は、筑前町教育委員会、三輪中学校等が作成したアンケート調
 査及び聞き取り調査結果・遺書(写し)・新聞報道等の資料を入手したが、
 これらの資料には、次のような特徴があった。

 ①情報機関、特に新聞報道からの情報が極めて多かった。
 ②学校が生徒たちに実施したアンケート内容は、一般的なものであった。
  しかしながら、それらの内容は、時期・場所が特定できないもので、
 調査のための資料としては不十分であった。
 ③特に本件では、調査委員会が組織され事実確認を始めるのに先行して、
 報道機関による事件の概要が既に報道されていた。

  したがって本委員会としては、その報道機関による情報を確認すると
 ころから始める必要があった。
  しかしながら、それらの情報を整理しても事実かどうか確認できないも
 の、時期の特定ができないものが多く存在したことから、本委員会として
 は、次のような独自アンケートと聞き取り調査を実施した。

 ①筑前町立三輪中学校に在籍する2年生全員に対するアンケート調査
 ②筑前町立三輪中学校に所属する全教職員へのアンケート調査
 ③次に掲げる関係者への個別聞き取り調査
  校長他関係教諭、遺族である当該生徒の両親及び祖父

  しかし、生徒用アンケートの実施に際しては、次のような制約があった。

 ① 生徒達へのアンケートは、事実関係を明確にするために、できるだ
 け厳密に行う必要がある。しかし、当該生徒に対する「いじめ」や「から
 かい」「冷やかし」等を含めた加害行為に関する質問はできなかった。
 その理由は、その種の質問は、生徒たちにPTSD(外傷後ストレス傷
 害)等の二次的問題を引き起こす事が懸念されたからである。同様の
 理由で聞き取りもできなかった。
 ② したがってアンケートは本委員会名で行い、実施に当たっては、学
 校関係者は関与せず調査委員会が直接行った。アンケートは無記名、
 選択肢による回答として、回答後は封筒に入れ、それぞれ提出するように
 した。作成したアンケート案については、事前に臨床心理士によるチェ
 ックを受けた。
 ③ 「からかい」や「冷やかし」等を含めた「いじめ」的事案の発生時間
 は、子どもたちの記憶が不確かで、明確な特定は容易ではなかった。

 2 これまでに確認された事実関係の概要
  本委員会としては、「いじめ」に関する定義等について、文部科学省の定
 義を本件に沿って整理した。本事案においては、これまでに文部科学省によ
 る「自分より弱いものに対して一方的に、身体的・心理的な攻撃を継続的に
 加え、相手が深刻な苦痛を感じているもの」という定義のうち、特に「相手が
 深刻な苦痛を感じているもの」という視点及び同定義に付帯する「なお、
 個々の行為がいじめに当たるか否かの判断を表面的・形式的に行うことなく
 いじめられた児童生徒の立場に立って行うこと」との視点からこの問題を捉える
 こととした。
  この結果、本委員会においては、特定の個人あるいは特定の集団による
 「いじめ」のみならず、「からかい」や「冷やかし」、ひいては「冗談」の
 類に至るまで、実際にあった事案に即して慎重な検討を行い、「いじめに類
 する行為」としてとらえた。その結果、次のような事実を確認するに至った。

 (1)これまでに実施した調査結果によって、筑前町立三輪中学校では、当該
 生徒が複数の生徒による「からかい」や「冷やかし」等の対象となってい
 たこと、「うざい」「きもい」等、多くの揶揄に相当する言葉が投げかけ
 られ、さらに複数のあだ名で呼ばれていたことが判明した。しかも、その
 期間は、当該生徒の筑前町立三輪中学校への入学当初から自殺に至るまで
 の間、断続的に続いていたことが確認された。

 例) 当該生徒への「からかい」「冷やかし」の言葉
   「うざい」「きもい」「消えろ」「死ね」「うそつき」
   「カンニングするな」「知ったか(ぶり)」

 (2) こうした「からかい」や「冷やかし」に対する当該生徒の受けとめ方に
 ついては当該生徒の自殺という事実、当該生徒の「いじめが原因である」
 とする遺書の存在、加えて、当該生徒が笑って受け流すという態度を
 示しながら、その一方で苦痛を感じていると思われる反応を示しているこ
 と等から、当該生徒が相当な負担感、すなわち、精神的な苦痛を受けていた
 であろうことが十分に推測される。

 (3) これに対して、他の生徒の受けとめ方は、当該生徒が「いじめ」で苦し
 んでいると思っていない状況があった。それは、当該生徒がこうした「か
 らかい」や「冷やかし」等の「いじめに類する行為」に対して、笑って受
 け流していた事実や当該生徒が同級生に対して「死ぬ」という言葉を何
 度も繰り返していたからである。これを聞いた多くの生徒は「冗談」としか
 捉えていなかったという事実がある。

 (4) こうした状況の中で10月11日のいわゆる「トイレ事件」が起こった。
 そこで当該生徒は、彼の「死ぬ」という言葉の真偽を複数の生徒から
 迫られ、同時に屈辱的な行為を受けた。「ウソつき」と言われたくない
 当該生徒は追い詰められた可能性がある。

 (5) また、筑前町立三輪中学校においても、当該生徒が自殺に至る以前に、
 学校として、県作成の「いじめ早期発見・指導の手引」の活用をしておらず、
 その他にも具体的な「いじめ」対策を十分に案じてはいなかった。

 (6)本事案では筑前町立三輪中学校の教職員は、管理職を含めて、当該生
 徒がいじめられていたとは認識していなかった。また、当該生徒が自殺する
 以前から「からかい」や「冷やかし」等といった行為を認識していた者は
 ほとんどいなかった。

 (7)なお、当該生徒の1年次の担任教諭(以下「A教諭」という)について
 は、当該生徒のみならず、他の生徒に対しても不適切な言動があったこと
 が確認されている。

 3・本件についての本委員会の解釈と判断
 ~当該生徒が、なぜ自殺に至ったかについて~

 (1)A教諭について
  本委員会が調査を始める時点において、A教諭の言動は報道機関によって
 報道され、同教諭には「問題教師」という教師像が作られていた。
  この点、聞き取り調査によれば、A教諭の言動は、その発言がなされた
 経過、状況について遺族との認識、記憶の違いのあるもの、A教諭の意図と
 違って受け止められたものなどがあった。
  A教諭は、1年の担任時、他の生徒への指導に注意を払う必要があり、
 当該生徒にはそれほど気を配っていなかった。したがって、特に当該生徒
 を標的にしてそのような言動をしたのではないと思われる。
  本委員会としては、調査の結果、このようなA教諭の発言の意向・状況
 に、遺族の捉え方とのズレを確認したところであるが、A教諭がそのよう
 な言動をした事はおおむね事実であって、それが相手の生徒たちにどの
 ように受けとめられるかを充分に予測・考慮することなく発言をしたこと
 は、教師として軽率であったと言わざるを得ない。
  しかし、

 ① 当該生徒は、入学当初から断続的に「からかい」や「冷やかし」等の
 「いじめに類する行為」を受けていたこと
 ② また、A教諭の言動は、当該生徒が自殺に至ったおよそ半年から1年
 程度、前のことであったこと。
 が判明しており、以上のことからすると、A教諭によるこうした軽率な言動
 は、当該生徒への「からかい」や「冷やかし」等の「いじめに類する行為」
 につながる一つの要因になったという可能性は否定できないものの、
 本事案における当該生徒が自殺する結果となった直接の原因と判断する
 ことは難しい。
  他方、報道機関の報道によるA教諭の「問題教師」としての教師像が
 大きくなればなるほど、自殺を防げなかった問題が見えにくくなると
 思われる。つまり、この自殺の原因が、A教諭個人の問題とされることで、
 いじめを防げなかった学校の問題、生徒たちの問題があいまいになる
 可能性があると思われる。

 (2)生徒たちについて
  ~本件における「いじめ」の有無と自殺との関係~
  本委員会におけるアンケートによれば、当該生徒は友達から「エロサイト病」
 「知ったか」などのあだ名で呼ばれており、1年生の当初から「からかい」等が
 断続的に行われていた事が明らかになっている。また、生徒間でも、「うざい」
 「きもい」等の言葉が日常的に飛び交っていたようである。
  このような状況の下、生徒たちが、「からかい」や「冷やかし」等の言葉を
 発言している中で、「ウソつき」でないことを示そうとした当該生徒を、結果と
 して死に追い込んでいった可能性がある。
  こうした「からかい」「冷やかし」が当該生徒に対してなされていたことを、
 生徒たち自身は認識していた、また、当該生徒の自殺をほのめかす言動
 に対し「そんなこと、やめたがいいよ」と思いとどまらせようとした生徒もいた。
 にもかかわらず、それらが教師や親には伝わっていなかった。

 (3)学校について
 ①教師の「いじめに対する気づき」の探し方
  本委員会が行った教師に対する聞き取り調査やアンケートでは、当該生徒が
 自殺するまで、教職員は「いじめ」と「いじめに類する行為」があったことに
 気づかなかった事が明らかになっている。
  その理由として。この時期の子どもの心理的特徴がある。
  青年期前期、すなわち中学校の頃になると、子どもは大人と同じように
 自分の心の世界をもち、自分で判断し、自分で行動しようとするようになる。
 そうなると、小学生の頃のように教師や親に対して素直に自分の心の
 うちを見せなくなってくる。ましてや「いじめ」のような陰湿な行動を教師の
 眼前で行うことなどもまずあり得ない。
  したがって、教師が生徒の悩みや「いじめ」を把握するためには、よく
 接触し、「見ようとして見なければ、見えない」という難しさがある、しかも
 中学校の教師の場合、教科の担任制であり、個々の生徒に接触する
 時間は非常に限られている。また、見なければならない生徒の数も多い。
 そうした状況の中で「いじめ」を事前に把握するのは極めて難しい。
  しかし、それでもなお、教師としては「見る」努力が求められる。

 ②「いじめに気づいていく」学校の体制
  聞き取りによると事案発生当時、三輪中学校は落ち着いた状況にあり、
 教職員の生徒指導上の関心は不登校問題に集中していた、そのため、
 「いじめ」問題についての意識が薄く、「いじめを見ようとして見る」努力を
 怠っていたということ、及び今回のような生徒指導上の問題が教職員全体に
 共有されることがなかったと言える。

 4・最終報告へ向けて
  本委員会としては、上記のような事実関係の確認及びその解釈・判断を行った
 が、当該生徒が自殺に至った具体的な経緯については、さらに慎重な調査を進め、
 真相を究明する必要がある。そして、その調査結果を踏まえ、今後、二度と
 こうした事態を引き起こさないために、筑前町立三輪中学校及び筑前町教育委員会
 として学校教育体制をどう作り上げていくかという課題に対しても、最終報告で
 提言することとしたい。
  なお、本委員会としては、前記1のとおり、真相究明を最優先課題として調査に
 当たってきたところであるが、現時点にあっても、いまだ、結論に至っていない事項
 がある。こうした事項との関係で具体的な言及を差し控えている内容については、
 最終報告で触れる予定である。
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